Dragon castle in a convenience store

竜宮城はあるか?と聞かれたら僕はあるかもしれないと答えるだろう。二十代前半から後半まで夜勤のアルバイトをしていた。某コンビニが僕にとってはそうだった。

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前職が割と厳しい社風だったので、あまり縛られない仕事がしたかった。学生時代にコンビニの夜勤は慣れていたので求人雑誌を見て、コンビニのバイトを探した。堅苦しい直営店は避けたかったので面接前に店の雰囲気を確認するため、下見をする様になった。

何店舗か梯子して最後に入ったコンビニで僕は身体中に電流が流れる程、衝撃を受けた。小太りで肩甲骨あたりまでロングヘヤー、おまけに髭まで生やしてる男が発注をする機械をせわしなく叩いている。名札を見たら店長と書いてあった。

ここの店はゆるいぞ!

まもなく、そのコンビニで僕の採用が決まった。店長の風貌から緩い店だとは踏んでいたが、お店自体は立地がよく、当時は地元では、一番売上のあるコンビニだった。めちゃくちゃ忙しかったが僕は髭を伸ばし気楽に働いた。店長があんな感じだったから、夜勤のメンバーも癖が強すぎる奴ばかりだった。

H君は眉毛が太くて身体もデカく気の優しい男だった。僕よりも2歳くらい年上だったがタメ口でも大丈夫だったし先輩風を吹かすこともなかった。仕事も真面目だった。ただ、彼の遅刻癖は彼の真面目さを打ち消すくらい酷かった。僕らは夜10時から朝8時までが勤務時間だったがH君は3時間くらいの遅刻は平気でする男だった。何度電話しても出ないので僕は彼の家まで迎えに行くこともあった。大体は寝ていたが、コンタクトレンズを指で洗いながらプロレスを見ていた時は温厚な僕も流石に後ろからドロップキックしたことがある。極めつけは、朝の7時に出勤して「ごめん、寝坊した」と言うので「もう、あと1時間しかないから休めばよかったのに」と皮肉を言ったら「無断欠勤は良くない」って言葉が返ってきて、怒りを通り越して笑ってしまった。彼は憎めない男だった。仕事が終わったら一緒にアダルトビデオ専門のレンタルショップによく行ったし、モザイク薄消しのビデオがあったら二人でよく情報交換したりした。オナニーもしていただろうが、なぜか彼はよく夢精をした。僕は夢精なんてしたことがなかったから彼を夢師匠と呼んでいた。何度か彼が考案した夢精のコツを教えてもらったけど僕には夢精が出来なかった。どうして夢精が出来ないんだって聞かれたから「僕の息子はいつも右手にレ●プされてるんですよ」って言って笑い合った。

Tさんは僕よりも10歳くらい年上で黒縁の眼鏡をかけ仙人のような髭を伸ばした掴みどころのない男だった。感情の起伏が激しく、付き合うのが少し大変だった。音楽を愛していて、PUNKな生き方を模索していた。僕はそんなTさんが嫌いにはなれなかった。彼からは本当に素晴らしい音楽をたくさん教えてもらった。my bloody valentinefugazigang of fourtalking heads 、television ー彼は他の追随を許さぬほどのCDコレクターだった。そして、Tさんは借金も凄かった。後で分かった事だがオーナーのお母さんの借金を肩代わりしていたようだった。月末、彼の携帯には消費者金融の怖いお兄さんからよく電話がかかって来た。Tさんはオーナーから弁済を受けるまでは、お店が辞められなかった。僕がこの店を辞める前についに精神的におかしくなってしまった。まつ毛を全部抜いて来て、真っ赤な目をしながら今の流行りだよと言った。その頃の彼のポケットにはいつもバタフライナイフが潜んでいた。ある時、横柄な客のレジをしていた時にプツリと線が切れて、客にバタフライナイフを突き出した。彼は客に通報されて、そのまま警察に連行されてしまった。流石に解雇かと思ったがオーナーは彼を辞めさせることが出来なかった。借金で繋がった二人の奇妙な関係を不憫に思った。

店長はTさんと同い年くらいで見た目はファンキーだったがオタク気質のある人だった。嫌われると面倒くさい人だったが気に入られると親切な人だった。僕の側にピタリと寄っていつもアイドルの話を嬉しそうにしていた。店長は30歳を過ぎても童貞だった。福岡での研修の際にオーナーが店長は真面目すぎるからといって箱ヘルに連れて行ったらしい。風俗には興味がないと拒んでいたが、お店から出て来た時、「モノトーンの世界が色彩豊かになる感覚を味わった」と言っていた。その日から店長は風俗雑誌を読み漁るようになった。月一で福岡の風俗に遠征するようになった頃、アイドル的人気を誇る風俗嬢「フードル」と運命的な出会いを果たした。彼はいつも高価なプレゼントを抱え長距離バスに揺られ、フードルに会いに行った。福岡から帰った翌日、店長にフードルどうでした?って聞いたらプレイはしなかったと言った。180分間、ずっと話しをしていただけらしい。店長はフードルに恋をしていた。「店長、アイドルにはもう興味ないんですか?」と訊いたら「会えないアイドルより、会えるフードル」と豪語した。店長はフードルからしたら、やたら重いお客さんになってしまった。最初こそ話すことはあったかもしれないがそのうち話すこともなくなったらしい。次第にフードルの方が店長を避けるような態度になった。そんな恋の相談を店長から受けた時、「店長、それではフードルも間が持たないから、サクッとプレイするべきですよ!おしゃべりよりおしゃぶり!」って下品なアドバイスをしたがなんの役にも立たなかった。もう告白してもいいだろうかと訊いてくる。どう考えても無理筋だろう。店長が傷付かないように目を覚ませと何回も言ったし、スマートに遊べとも忠告したが聞き入れてくれなかった。相談の本質なんてそんなものだ。ただ話を聞いてもらいたいだけだし、
背中を押してもらいたいだけだ。次第に僕も訊くのが馬鹿らしくなって、次はフェラしてもらった方がいいと突き放した。状況が好転しないまま店長は次に会うのを最後と決め、指輪を買ってフードルに会いに行き、愛の告白をしたが当然、振られてしまった。気まずい空気の中、店長は勇気を振り絞って「最後にフェラして欲しい」と言ったらしい。変なタイミングで僕のアドバイスを実行する店長の不器用さが哀れだった。

竜宮城は確かにあった。このコンビニこそが竜宮城だった。夜勤のメンバーは強烈だったけど、日勤の女の子たちは乙姫のように可愛い子ばかりだったし、仲良くなってセックスしたりもした。賞味期限前の食べ物はいくらでも食べれたし、雑誌はバックルームで読み放題。給料もそこそこで責任もそんなになかったから僕は悪戯にその日暮らしを続けていた。そんな僕を見かねて「お前は就職した方がいい」と建設関係の社長さんに言われ、なんとなく腑に落ちたので、お店を辞めるとオーナーに申し出た。夜勤のメンバーはトランプで作ったタワーのようだった。僕が辞めると言い出したら、H君と店長も辞めると言い出した。Tさんは借金の件で辞めれなかったが僕が辞めて、しばらくしてお店を辞め、顔に刺青を入れたと噂で聞いた。店長は何を思ったか名古屋の自動車工場に就職した。最後に見た彼はどことなく男らしくなってフードルの影はチラついていなかった。H君は結局、他店のコンビニに移籍しただけだった。

あの社長の言葉は僕にとって玉手箱だった。開けてはいけない箱だったけど、開けないといけない箱でもあった。開けた箱から漏れる白い靄に包まれ一筋の風が吹いた。コンビニを辞めて、気がついたら僕はもう27歳になっていた。世界と時間の歯車は寸分の狂いもなく回転している。