セルフロウリュウの罠

清涼な空気と全国でも屈指の湧水の町。セルフロウリュウができる温泉施設があると聞いて先日、彼女と足を伸ばした。

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鉄筋コンクリートの重厚感のある建物に入るとがらんと広い空間が開けており、ハンモックや座敷、マッサージチェア。多少の漫画もある。何よりサウナ後にchillできるウッドデッキスペースがあって、田舎にしては都会並みのポスピタリティに感激を隠せない。

 


サウナイキタイのポスターを横に細長い通路を通り、紺色の濃い男湯の暖簾をくぐる。脱衣所では大小様々な愚息をチラつかせる地元の有志達と同じく一糸纏わない姿を晒す。

 


湯気で涙を流した重い引き戸を開くと茶色く濁ったナトリウム炭酸水素塩泉があって、高温と低温に分かれている。水風呂には裂罅水の表記があり清涼な清水がこんこんと溢れて枯れることを知らない。飲用も可能な洗練された水質にサウナに入る前から脳内から涎が出てくる。


お目当てのログハウスサ室は露天風呂スペースの中央端にまるで氏神様の祠のようにひっそりと重厚感を携え鎮座していた。大きさは思ったよりも随分と小さい。期待値の方が大きかったようだ。丸太が積み重ねられた外観に【ブレンド香】と書かれた木の表札がかかっている。サ室の入り口は地盤面から膝くらいの高さにあり大人1人が身を縮めないと入室が難しい。やっとの思いで入ったサ室は薄暗い。先客がいるようだ。大人3人が身を寄せ合う狭さで眼前にサウナストーブが迫る。ストーブの上にはサウナストーンが山頂のガレ場みたいに武骨に積み重なって、床にはブリキのバケツにアロマ水が蓄えられている。私は一礼をし、先客に【セルフロウリュウ】してもいいですかと暗黙の了解を得ると早速、木の杓子に掬ったアロマ水をサウナストーンにかけた。じゅわぁぁぁっ。至高のジェット音がして、厚く垂れ込める雨雲のような蒸気が私達を包んだ。至高のセルフロウリュウ。ファーストノートはふうわりとしたフローラル香優勢。ベースノートのハーブ香がしっかりと機能して瞑想的な雰囲気漂う。昨今のサウナブームで都市圏では当たり前になりつつあるロウリュウをこのクソ田舎でキメれる贅沢に感激で震える。しかし、

サ室の狭さも手伝ったのか、あまりにも熱くて思わず愚息を隠していたタオルを顔に巻き付ける。うなじと両肩の辺りが焼けるように熱い。思わず両手で熱波を避けるように必死で撫でる。目が暗さに順応し始める。先客は中肉中背の青年と普通体型の中年の2名のようだ。地元サウナーだろうか?普通体型が、一礼もなく、セルフロウリュウをキメ始めた。私のロウリュウをかき消す暗黒の蒸気があたりを覆う。常軌を逸した蒸気の暴力に必死に耐える。すると、間髪入れずにおかわりロウリュウをキメ始めた。


正気か?


あまりの熱波に中肉中背が逃げ出そうと退出を急いだら例の狭い入口の上部で頭を痛打していた。気の毒すぎる。ただ、彼が出入りした時に外気が入り込み、焼けるような肩を撫でたときは心底ホッとした。ありがとう中肉中背。助かったよ…と思う間もなく。普通体型がセルフロウリュウをまたキメた。中肉中背が出入りにまごついた際にサ室の温度が下がったから上げにきているのだ。


1杯、2杯、3杯…


痛みさえ覚える狂気の熱波から、うなじと肩を守るため掌で撫でていると肌表面が強付いてきた。慌てて両手を眼前にして唖然とした。私の表皮が剥けているではないか!

 


すみません🤏ちょっと熱いです…


勇気を持って言おうと思った次の瞬間、彼のとった行動に私は愕然とする。


4杯目のロウリュウをキメて、奴はサ室を退出したのだ!何の意味があるというのだろうか。ただ私が熱いだけではないか!


このままでは命が危ないが忌々しい奴が出て行ったから安心してサウナできると思ったのでタオルと両手で身体を撫でる戦略で灼熱時間をやり過ごした。私は踏みとどまった。奴に勝ったと思ったその矢先。狭い入り口がそっと開いた。

 

新入りの乾いた肌を見て私は死を覚悟した。

 

彼の視線は、今、なみなみと蓄えられたアロマ水に落ちている。