エロ本を売る無能の人。

病に伏した彼女のお母さんは、もうアパートで生活する体力がない。腰痛持ちのお父さんがようやく文字通りの重い腰を上げ引越しを決意した。お付き合い以来、見せられる部屋でないと言われ一度も拝見したことのない部屋。お父さんの書籍がこのアパートの柱じゃないのかというくらい積み上げられていた。聞けば30年程、捨てられずにいた写真集やエロ本、雑誌等であった。

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新居に移る際に断捨離決め込んで雑誌類はトラック3台分をゴミ最終処理施設へ運搬したが残る写真集は捨てるのが忍びないとの事でブックオフへ持っていって成仏させてほしいとの事だったが…

 

「Sさん!これは宝の山ではないですか💦」

 

こうして今、僕は齢40歳にして彼女のお父さんの為にエロ写真集を売る人になった。専ら、フリマアプリでエンドユーザー向けに出品している。出品初心者であるため細かいルールが分からず、表紙に乳首が写った写真集は運営から削除されたり、他のユーザーに違反報告された。それを知ってからは本の帯を上手くずらして乳首を隠して出品をするようになった。ここ数日で数冊が売れた。売れるとなると面白くなるもの。中古品とはいえなかなかの値段で売れるので僕は付加価値をつけなければならないと思った。本の質の向上が無理であれば梱包資材に拘るしかない。厚紙封筒、緩衝材、ポリシート、透明ビニールテープ。かなりの数を買い込んだ。販売成績に気を良くしたのか彼女が僕以上に梱包資材を買って帰ってきた。なんて事だ!。販売金額よりも梱包資材の方が高くついてしまったではないか…。

有り余る梱包資材を前に僕はつげ義春先生の「無能の人」という漫画を強烈に思い出した。主人公の助川は名の知れた漫画家であったが「芸術漫画家」のプライドが邪魔し、仕事を断り続けていた。中古カメラ販売、古物業を失敗した彼は雑誌で「水石」という世界があることを知り、採石販売に興味を持つが元手がないので近所の多摩川の川原の石を販売することにしたがそんなものが売れるはずもなく、オークション出品代や採石送料、弁当代の方が高くついてしまい絶望の中で帰宅する。

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この漫画を読むと陰鬱とした感情の沼から湧き上がる侘しさの美しい波紋を見ることができる。

しかし、他人の趣向というのは実に不思議だ。自分が価値を見出せないものに他人が価値を見出している。フリマアプリがそれを下支えしている。世の中にもきっと表に出ていないだけで凄い価値のあるものや才能が埋もれているに違いない。今、暗い部屋の片隅でパソコンを見つめ引きこもって自分を見失っている人、ただひとりの自分の味方である自分自身を信じられない自己肯定感の薄い人はきっと世界が狭いだけで広い世界に出ればあなたの才能が必要な人がいたりするかも知れない。堆(うずたか)く積み重なった写真集の山と梱包資材の海に囲まれていると自分が井戸の中の蛙になったような錯覚を覚えた。その井戸から多様性という名の大海に想いを馳せた。