夏の使者になる。

風にさざめく街路樹のトンネルの下。東に向かって小径(こみち)を車で走る。夏の木漏れ日は過ぎ去っていった懐かしく美しい日々を思い起こさせた。道ですれ違う車窓の中、不意に見かけたあの人の名前も今は忘れてしまった。面影が名前を失って彷徨っている。急に自分自身も消えてしまいそうな錯覚を覚えて、今まで出会った人の面影と名前を思い返し重ねてみる。

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梅雨明けを伝えるラジオ。ニュースを見れば分かることなのに、初夏の使者になりたくて、君にメールで伝える。陽炎の中。うだるような暑さの中にいる。さっき買ったサイダーの瓶がもう汗をかいている。青い空を仰ぐように飲んでみた。つまらない毎日にもサイダー流し込めたらいいのに。

 

焼きついたアスファルトに夕立が跳ねる。通り雨の後を追いかける蝉時雨。ビル影の隙間から夏の風がすり抜けて、立ち登る埃の匂いがオレンジ色の夕日に溶け込んだ。カラカラと笑いながら自転車で駆け抜けていく学生達の白い制服が雨で透けている。学生時代の青くさくて淡い恋心を思い出す。

 

あの頃、思い描いていた大人にはなれなかった。そういった感慨とともに、幾度かの夏を迎える。乾いた砂のような生きる哀しみ。

 

過ぎ去った日々は波打ち際に書いた落書きのよう。寄せては返す波がさらっていく。何事もなかったように、夏がまた通り過ぎようとしている。

 

僕は帰りを急いだ。

コンビニで買ったラムネが温くなる前に。