透き通る翅(はね)

秋の日差しを受けた桜の木。鉄棒にぶら下がる壮年のように重力に逆らわず数枚、枝に捕まっている。傾いて斜めに差し込む夕暮れがトンボの羽のように透き通っている。翅脈(しみゃく)のあみだ籤(くじ)を巡る。瀟洒(しょうしゃ)で懐かしい黄金の風景がゆるやかな時間と僕の胸を焦がしていく。

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君からのメールを待つ。忙しくて返信できない事など承知している。何度もメールアプリを開いては閉じる。こうなると確かだと信じていた絆も少し心許ない。だからといってこちらからメールすれば君へのプレッシャーになるかも。そう考えるとますますメールは送れない。失恋したのかなぁ。「失恋の味はグレープフルーツに似ている」そんなくだらない言葉が中空に回転していく。ただ単に、ほろ苦いって言いたいだけ。君からの返信が滞れば僕は下手な作家とか不安げな哲学者に容易になれる。

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思い切って電話をかけてみた。

 

リングバックトーンが脳内ループする。透明度を増してゆく秋の夕暮れに消え入りそうな僕の感情と深紫色に変化していく西の空が混じり合って境界がない。

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「もしもし」

 

君の声がする。ゆるやかな時間が逆流する。

 

「忙しかっただけだよ」

 

僕の弱い部分を嗜める君の揺るぎない声。

 

「うん、分かってるよ」

 

僕には伝えたいことなんて何もない。

 

君と僕の時間が飛び交うトンボのように会話を置き忘れて交差する。翅脈(しみゃく)は波を打って鼓動を伝える。君に会えない時間が僕を焦がしてゆく。声を聞いただけ。ただそれだけで、また君が愛おしい。