振られる勇気

アイツは背格好も容姿も僕とそう変わりはない。アイツはチャラいのになぜかモテる。アイツは今日もめかしこんでどこかへ行く。アイツの名はリチャードバック・ジョナサン。僕の古くからの悪友だ。

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「ジョナサン、今日もセフレとデートか?相変わらず軽薄なやつだな」

 

僕の言葉はジョナサンを見下すような棘を含んでいたが、アイツを羨む気持ちは隠しきれなかった。それを見透かす様にアイツは言った。

 

「よぉ〜童貞くぅぅん。元気かねぇぇ。俺も毎日、デートで疲れたよぉ。代わって欲しいけど、こればかりは代役もきかないよなぁ」

 

ニヤニヤしながら言い放ったアイツの言葉は僕の柔らかい部分に突き刺さった。

 

アイツと同時期に始めたマッチングアプリ。どうしてこんなに差がついた?僕には何の出会いもない…。こんなにも開放的な夏だというのに。茫然としたまま僕は返す言葉もなく、陽炎の揺めきに同期してよろけてしまう。

 

「おいおい、童貞くん。熱中症になっちまうよ。俺の前でぶっ倒れても困るから、俺の車に乗りな」

 

「なぁ、ジョナサン。どうして僕はこうもダメなんだろうな。どうやったら出会いが見つかるんだろうか?アイスコーヒー奢るから教えてくれよ」

 

僕はアイツが大のコーヒー好きなのを知っている。

 

「出会いを見つけようとしてるのか?君は本当にどうしようもないなぁ。出会いってものは作り出すものだろ?」

 

どうやら、コーヒー作戦は成功したようだ。

 

「携帯みせてみろ!」

 

ジョナサンは僕の携帯を奪うように掴んでマッチングアプリの送信欄を覗きこんだ。

 

「おいおい、マジか?これじゃ出会えないよ。しかも君は、仕事も出来ないタイプだな」

 

口舌の刃が、さらに僕の柔らかい部分をえぐり、自尊心にまで深く食い込んだ。こんな気持ちになるのは、僕がその言葉に同意したからだ。そう、僕は仕事もこのところうまくいっていない。

 

「まず大前提として、出会いってのは確率論なんだよ。母数の最大化が出会える最大のコツだ。それなのに、君は女性へのアプローチ数が圧倒的に足りない。君はお断りされることが怖いんだ。その恐怖心で行動が出来なくなるんだ。まずはそこを乗り越えろ。はっきりいって断られることが9割だ。自分を否定されても動じない自己肯定感を作り上げるんだ。いいか、考えても自己肯定感は養えない。身体を使うんだ。機械的に筋トレをしろ!反論は認めない!」

 

「そして、肝心のメールの内容だが…

 

【★★さん、初めまして。〇〇です^ ^どんな出会いをお探しですか?】

 

「君のメールは礼儀正しく、内容はあっさりしていて、一見すると問題ないように感じるが最後の質問が酷すぎる」

 

「え!質問で終わった方が返信が来やすいってサイトに書いてあったぞ」

 

「君は単純だな。たしかに質問で終わるのは間違ってはいないよ。しかし、考えてみな。女性にはどれだけの数のメールが来ると思う?俺たちが考えもつかないくらいのメールが来るらしいぞ。そのメールひとつひとつに返信してられないんだ。それなのに君の最後の質問「どんな出会いを探していますか?」っていちいち答えを考えていられるか?そんなの面倒くさいだけだろ?女性に考えさせないのも大切なマナーのひとつだと俺は考えている」

 

僕は言葉を失ってしまった。そこまでの配慮があって初めて出会いの種が撒かれるのか。

 

「じゃあ、どうやってメールすればいいのかな?」

 

「質問で終わるというのは間違っていない。ただ相手を思って、こちらで答えを用意しておくんだ。例えばこうだ…

 

【★★さん、初めまして!〇〇です^ ^プロフィールみて、音楽好きなところが一緒だったからメールしました。邦楽が好きですか?それとも、洋楽が好きですか?】

 

「こうやって、相手が興味を持っていることを触診するように聞くんだ。そして答えを2つ用意しておく。話を振られた方は、答えに悩まず返事がしやすいだろ。それに、答えがこの二択にない場合でも相手は話題を膨らませやすい。これは二者択一話法といって、営業のテクニックの一つでもあるんだ」

 

「これはアポイントを取るのにも非常に有効だ。話が弾んで信頼関係が出来たら、来週、もしくは再来週会えませんか?って聞くんだ。これはテストクロージングと言って相手の本音も伺える。脈がなければ、ゲームオーバー。しつこくせずに次にアプローチする。ただ、女性は何かと忙しいんだ。次につながるような断り方だったら、タイミングが悪かったと思って、またトライするんだ。焦って、会ってください!なんて言うなよ!それは君の都合だからな」

 

「営業とナンパは共通点が実に多い。これに気づいてから俺は営業の本を読み漁った。そして、俺は今、営業のテクニックを出会いのテクニックに昇華したのだ!」

 

な…なるほど…

 

だから僕は仕事もうまく行ってなかったんだ…

 

「ヤバイ!君と話していたら、約束の時間に遅れそうだ!さぁ車から降りな!コーヒーは次に会った時、2杯奢れよ!」

 

弾かれるように僕は車から降ろされた。サーティワンのバニラアイストリプルみたいなモコモコとした白い入道雲が僕を受け止める。車の窓が空いてジョナサンが僕に何か言っている。

 

「それと、君が最初に【セフレ】って言ってたけど、その言葉遣いを改めるんだな!女性を物のように扱う言葉だと俺は思っている。君が女性だったとして心を開いて出会った男にセフレっていわれるのは何だか悲しくないか?」

 

「日々使う言葉は本音を表し、日々使う言葉に自分の無意識が影響を受ける。世の中は鏡だ。君が女性を軽く扱えば、相手からも軽く扱われるぞ。セフレなんて言葉使ってたらいつまでも出会えないから改めるように!」

 

そういうとジョナサンは颯爽と走り去った。

 

「分かったよ。それは改めるよ」返した言葉は自分に言い聞かせるように呟いた。

 

僕は早速、マッチングアプリを立ち上げた…

 

「まずは課金しないとな…」