眼科 is Perfect World

人生で一番、目薬を挿した朝。手術の1時間くらい前から10分間隔で抗生剤と散目剤の目薬を挿す。3種類くらいあるのかな?もう10回以上は点眼している。

 

ゆっくりとした時間が流れている。村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」を読んでいる。

 

手術前診察を受ける。やっぱり光が眩しい。痛みは麻酔でどうにでもなると思っているけど、眩しいのは目を背けたくなるくらい嫌な感覚だ。目が動いてしまうと手術が長引くらしい。先生に目が動いてしまうかもしれないと懸念を伝える。「その時は眼球を手で押さえるよ」パワーワードが頭を巡る。

日帰り手術もあるくらいだから、大した手術ではないのだろうけど。まな板の上に乗る魚の気持ちは料理人にはわからない。

僕は今までの人生で起こってきた最悪な出来事を思い返してみた。確かにあの時よりは今の状況は全然大丈夫って思えてくるから、人生で起こった最悪な出来事も利用価値はあるものだ。

いろいろと考えが巡るがもうあきらめた。今までも、きっとこれからも僕の思い通りにならないことばかりだし、コントロールもできない。全てはなるようにしかならないのだ。

「K¥さん、手術です」

白くて輪郭が溶け出した看護師が僕を呼んだ。

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手術室前の予備室に連れられて点眼麻酔を受ける。手術が終わったばかりのお爺さんがストレッチャーに乗って帰ってくる。微動だにしない。死んでるんか?男性看護師に促されてゾンビのように蘇った。それから僕もストレッチャーに乗る。血圧を測る。アルコールで目の周りを拭いて、イソジンで目を消毒する。手術室から先生の声が聞こえる。

「目を動かさない!!」
「今、大事なところをしているよ!」

これで僕の緊張がMAXになる。ほらぁ、やっぱり眩しさの方がきついやん!

そうしていると僕の後に手術を受けるお婆ちゃんがきた。受け答えは終始明るい。ただ点眼麻酔が信じられないようでこの期に及んでも覚悟が決められないようだ。「今の麻酔、まつ毛にかかったからもう一回して」点眼麻酔のお代わりをした。

当たり障りのないクリスマスソングが穏やかに流れている。僕はAC/DCの Let there be rock の方が聞きたい。

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手術前にリラックスなんて出来るか!テンションをあげた方がまだマシだ。顔がちょっと痒いな。男性看護師の点眼が雑だなぁ。おしっこしたくなったらどうしよう。つまらない事を考えているうちに僕の手術の番が来た。

ストレッチャーで手術台まで運ばれる。天文台天体望遠鏡みたいな顕微鏡が眼前に近づく。左眼だけが開いたドレープをつけて、透明で少し弾力のあるゲルパックみたいなものを下瞼付近に貼り付ける。金属の金具で左眼をまばたきさせないように固定する。顕微鏡が眩い3点の光を照射する。目が渇かないように左眼は何かの水溶液で浸されている。3点の光は色変化させながら移動する。眩しさで目を逸らしそうになる。「光を見続けるよー」先生の声。ひたすら3点に動く眩しすぎるくらい眩しい光を追いかける。痛みはない。ただただ眩しい。これを例えるなら「プールの中で目を開いたまま、太陽を見続ける罰ゲーム!目を逸らすの絶対禁止」と言えばお分かりいただけるだろうか。

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あまりの刺激に右目からも涙が溢れている。身体に力が入る。「力を抜いて!」先生からの指示。深呼吸する。ドレープに僕の呼吸が跳ね返る。「やっぱり難しいか?」局所麻酔なので先生の声が聞こえる。手術前の説明で、若くして白内障になった場合、水晶体が柔らかくて砕けにくいからK¥さんは時間がかかるよって言われてたから、あぁその件かと思った。こんなに眩しい事がまだ続くのかと思ったら、心底うんざりした。時々、光を暗くする瞬間があったのが救いだった。眼球を触られている感覚がある。再び、目まぐるしく3点の太陽を追いかける。すると急に虹がかかったように3点の光が乱反射した。レンズを入れたのだろうか?不思議な光を見た。「あともう少しだよ」天の声が聞こえる。

白内障の手術が終わった。時間にして15分ぐらいだったかな。左目の違和感が凄い。痛くはないがレンズが入ってるという感覚がある。看護師が車椅子で僕を迎えにきた。

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「車椅子に乗って運んでもらうの人生で初めてです。」

「手術された事ないんですね。」

「頭悪い以外は健康だったんで。」

手術室から個室まではあっという間に着いた。

「運んでもらうのは、なかなかいい気分ですね。もう少しお部屋が遠ければよかったんですが…」

看護師が僕の冗談を渇いた笑い声で吹き流した。