セルフロウリュウの罠

清涼な空気と全国でも屈指の湧水の町。セルフロウリュウができる温泉施設があると聞いて先日、彼女と足を伸ばした。

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鉄筋コンクリートの重厚感のある建物に入るとがらんと広い空間が開けており、ハンモックや座敷、マッサージチェア。多少の漫画もある。何よりサウナ後にchillできるウッドデッキスペースがあって、田舎にしては都会並みのポスピタリティに感激を隠せない。

 


サウナイキタイのポスターを横に細長い通路を通り、紺色の濃い男湯の暖簾をくぐる。脱衣所では大小様々な愚息をチラつかせる地元の有志達と同じく一糸纏わない姿を晒す。

 


湯気で涙を流した重い引き戸を開くと茶色く濁ったナトリウム炭酸水素塩泉があって、高温と低温に分かれている。水風呂には裂罅水の表記があり清涼な清水がこんこんと溢れて枯れることを知らない。飲用も可能な洗練された水質にサウナに入る前から脳内から涎が出てくる。


お目当てのログハウスサ室は露天風呂スペースの中央端にまるで氏神様の祠のようにひっそりと重厚感を携え鎮座していた。大きさは思ったよりも随分と小さい。期待値の方が大きかったようだ。丸太が積み重ねられた外観に【ブレンド香】と書かれた木の表札がかかっている。サ室の入り口は地盤面から膝くらいの高さにあり大人1人が身を縮めないと入室が難しい。やっとの思いで入ったサ室は薄暗い。先客がいるようだ。大人3人が身を寄せ合う狭さで眼前にサウナストーブが迫る。ストーブの上にはサウナストーンが山頂のガレ場みたいに武骨に積み重なって、床にはブリキのバケツにアロマ水が蓄えられている。私は一礼をし、先客に【セルフロウリュウ】してもいいですかと暗黙の了解を得ると早速、木の杓子に掬ったアロマ水をサウナストーンにかけた。じゅわぁぁぁっ。至高のジェット音がして、厚く垂れ込める雨雲のような蒸気が私達を包んだ。至高のセルフロウリュウ。ファーストノートはふうわりとしたフローラル香優勢。ベースノートのハーブ香がしっかりと機能して瞑想的な雰囲気漂う。昨今のサウナブームで都市圏では当たり前になりつつあるロウリュウをこのクソ田舎でキメれる贅沢に感激で震える。しかし、

サ室の狭さも手伝ったのか、あまりにも熱くて思わず愚息を隠していたタオルを顔に巻き付ける。うなじと両肩の辺りが焼けるように熱い。思わず両手で熱波を避けるように必死で撫でる。目が暗さに順応し始める。先客は中肉中背の青年と普通体型の中年の2名のようだ。地元サウナーだろうか?普通体型が、一礼もなく、セルフロウリュウをキメ始めた。私のロウリュウをかき消す暗黒の蒸気があたりを覆う。常軌を逸した蒸気の暴力に必死に耐える。すると、間髪入れずにおかわりロウリュウをキメ始めた。


正気か?


あまりの熱波に中肉中背が逃げ出そうと退出を急いだら例の狭い入口の上部で頭を痛打していた。気の毒すぎる。ただ、彼が出入りした時に外気が入り込み、焼けるような肩を撫でたときは心底ホッとした。ありがとう中肉中背。助かったよ…と思う間もなく。普通体型がセルフロウリュウをまたキメた。中肉中背が出入りにまごついた際にサ室の温度が下がったから上げにきているのだ。


1杯、2杯、3杯…


痛みさえ覚える狂気の熱波から、うなじと肩を守るため掌で撫でていると肌表面が強付いてきた。慌てて両手を眼前にして唖然とした。私の表皮が剥けているではないか!

 


すみません🤏ちょっと熱いです…


勇気を持って言おうと思った次の瞬間、彼のとった行動に私は愕然とする。


4杯目のロウリュウをキメて、奴はサ室を退出したのだ!何の意味があるというのだろうか。ただ私が熱いだけではないか!


このままでは命が危ないが忌々しい奴が出て行ったから安心してサウナできると思ったのでタオルと両手で身体を撫でる戦略で灼熱時間をやり過ごした。私は踏みとどまった。奴に勝ったと思ったその矢先。狭い入り口がそっと開いた。

 

新入りの乾いた肌を見て私は死を覚悟した。

 

彼の視線は、今、なみなみと蓄えられたアロマ水に落ちている。

車内サウナ体験記

良いことを思いついた

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コロナショック前は週1から2で通い詰めていたほど、サウナを愛していた私が燃えるゴミを出そうと車に入った瞬間に閃いた。

これ、完全に、サウナやん

いつもは車に入るなり暑い暑いと言っていたくせに、サウナと思い始めた途端にまだまだぬるいと思い始めた。もっと発汗したい!私は車の暖房をつけた。

狂気の沙汰であるが当の本人はやけに涼しい顔をしている。

暖房を入れてビックリした。暖房の風の方が涼しいではないか!?これでは良質な発汗に影響があると思いすぐに暖房を止める。

しばらくすると、玉のような汗が滴り落ちる。久しぶりのサウナ体験。感無量だ。こんな近場にサウナがあるなんて涙

しかし、水風呂の準備をしていないことに気づき、一旦車から出る。猛暑日なのに外が、めちゃくちゃ涼しい。

風呂に水を張る。ここでEAAドリンクを飲み、カタボリックを防ぐ。ナイスケア、俺。彼女が洗面所で洗濯をしている。

「おい、車!まじでサウナ!一緒に入らんか?」って誘ってみるが「言ってる意味がわからないし、洗濯が忙しい!!」って一蹴される。そうかやはり炎天下の庭に車を置いて車内でじっとしてる私は異常なのだ。

再度、車内サウナへ帰還する。車用サンシェードに身を包み、直射日光を防ぐとともにさらに発汗を高める。水風呂が出来るまで待つ。しかし、意識とは不思議なものだな。暑くてたまらない夏場の車内でさえ、サウナと思えば心地良い。

外的体験は操作できないが内的体験は選択できる。

世の中の不幸と思われる出来事も不可避ではあるが、内的体験をより良い方向で選択すればきっと好転するんだろうな。あかん、哲学的な事を考え始めるのは危険な証拠。慌てて水風呂へ向かう。

ザブンと頭まで水中へ。水温と水量が物足りないが私はとても幸せだ。しばし、水と同化してみる。彼女の暑い暑いという声だけが私に夏の暑さを伝えている。

今度は水着に着替えて2セット目の車内サウナへ。皮膚が水を吸っていたのか2セット目の発汗がヤバイ。ここは12分計がないので身体の感覚が全てだ。これで熱中症になったら世間様の笑われ者だ。慎重に自己判断しつつこの日記を書いている。車の横をお隣さんの車が通る度に、見られたらどうしようという思いと見られたら見られたで何をされてるんですか?と聞いて欲しい思いが交錯する。いかん、馬鹿なことを考えてる時は危険な証拠。再び水風呂へ。

水風呂に浸かりながら、浴室の隅にいるハエトリグモを眺めていた。ピョンピョンと跳ねる音がする。後頭部がじんわりする。この体感…かなり危険なサウナだな。筋トレじゃないけど3セットはサウナしたい。先程の汗だくの水着にまた着替える。洗い物を増やすと怒られてしまう。熱中症より彼女の方が怖い。

3セット目の車内サウナへ。車の中が私の汗の蒸発する匂いがした。妹から借りパクしたシャネルの香水を7プッシュ。むせ返る香水と汗の匂い。あぁ吐き気がする。

僕の汗&シャネルの香水のせいだよ。

替え歌にもならない歌詞が出てくるのは危険な証拠。水風呂へ。無事に3セット終了。

和室で横になる。じんわりとした身体の痺れと共にこの狂気体験を総括している。よく生きて帰れたなぁ。

この暑さでエアコンもあまり効かないが今の私にとってみればここは随分、天国のようだ。

 

※皆様は絶対真似してはいけません。万が一の場合は、健康と社会的信用を失います。

夏の使者になる。

風にさざめく街路樹のトンネルの下。東に向かって小径(こみち)を車で走る。夏の木漏れ日は過ぎ去っていった懐かしく美しい日々を思い起こさせた。道ですれ違う車窓の中、不意に見かけたあの人の名前も今は忘れてしまった。面影が名前を失って彷徨っている。急に自分自身も消えてしまいそうな錯覚を覚えて、今まで出会った人の面影と名前を思い返し重ねてみる。

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梅雨明けを伝えるラジオ。ニュースを見れば分かることなのに、初夏の使者になりたくて、君にメールで伝える。陽炎の中。うだるような暑さの中にいる。さっき買ったサイダーの瓶がもう汗をかいている。青い空を仰ぐように飲んでみた。つまらない毎日にもサイダー流し込めたらいいのに。

 

焼きついたアスファルトに夕立が跳ねる。通り雨の後を追いかける蝉時雨。ビル影の隙間から夏の風がすり抜けて、立ち登る埃の匂いがオレンジ色の夕日に溶け込んだ。カラカラと笑いながら自転車で駆け抜けていく学生達の白い制服が雨で透けている。学生時代の青くさくて淡い恋心を思い出す。

 

あの頃、思い描いていた大人にはなれなかった。そういった感慨とともに、幾度かの夏を迎える。乾いた砂のような生きる哀しみ。

 

過ぎ去った日々は波打ち際に書いた落書きのよう。寄せては返す波がさらっていく。何事もなかったように、夏がまた通り過ぎようとしている。

 

僕は帰りを急いだ。

コンビニで買ったラムネが温くなる前に。

続・エロ本を売る無能の人。

午前3時。携帯が突如痙攣した。携帯が壊れていないか確認する。寝ぼけ眼にブルーライトがしみる。まるで空きっ腹にウィスキーを流し込んだみたいな焼けつく様な感じだ。

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某フリマサイトから出品停止お知らせが20件以上届いていた。どうやら私は利用停止処分になったらしい。思い当たる節はいくつかあったが今となっては後の祭りだ。本業よりも力を入れていた私の副業という新たなステージは主演男優の不祥事により呆気なく幕を閉じた。眠れないままに東雲(しののめ)を迎える。どこまでも深く終わりのないような夜を過ごしても明けない夜はないらしい。やれやれ…。

ここで読者の皆様に何故、私がフリマアプリの利用停止処分になったのか?先程の私の「思い当たる節」について開示したいと思う。ただ利用停止処分というのは運営の方の独断と圧倒的な偏見なので内容についての正確性は担保できない。

⑴アカウント名について
私は90年代の多感な時期をAVと共に生きてきた。これは言い過ぎではなく40代以降の男性諸君であれば一部の嗜好の違う方を除いて共感は必須かと思う。私はエロ写真集を売るにあたり、40代以降の男性をターゲットにノスタルジックで淫靡なエロを喚起させる強烈な名前を友人の知恵から拝借した。現代AVの基礎を築いた最古参AVメーカー「宇宙企画」や、フェチシズム的性癖を全面に打ち出した「アロマ企画」の社名をオマージュした「●●企画」※●●の部分は私の住んでる地名。これが私のアカウント名になった。しかし、この名前が不埒な印象をフリマユーザーに与えたのかとも思う。自粛警察ならぬ18禁警察がどこからともなく湧いてきて違反報告をする。ご存知の通り複数回違反報告されると利用停止処分へのハードルは俄然低くなる。

⑵ 1アカウントでの同類商品の複数出品
私は彼女のお父さんからアイドルエロ写真集を預かったがその数は30年以上塩漬けにした蔵書であるため、写真集における蔵書の量は一般のフリマユーザーの比ではない。絶版本もあるため、明かにプロと思われても仕方のない商品のラインナップである。これで運営に目をつけられたのかもしれない。

⑶出品の際の表現について
私が扱っていたのは90年代前半の無名モデルが圧倒的に多い。これら過去の遺産を現代に復活させるにあたり私はこの無名モデルのバックグラウンドを調べあげ、商品説明に加えた。また、言葉のインパクトを高めるために対比法を使った表現を前面に押し出した。例えば妹系写真集では「あどけなさに収まりきれない!溢れるほどの大人の誘惑」等々。実際、妹系写真集は4,000円前後で取引された。

⑷直接すぎるタイトル商品の出品
これがもう圧倒的に良くなかったと猛省した。私が最後に出品した本は「平成素人娘初部屋ヌード図鑑」だった。陰毛を部屋ヌードなんて表現するあたりが性的直接表現を避け、かつ失笑と共感を得る最高のジョークに間違いないタイトルのはずだった。しかしフリマ運営としては、公序良俗に反しない市場の形成と美しすぎる詭弁「青少年の健全な育成」には宜しくないとの事で削除するしかないのだ。以前の違反報告との合わせ技で私は一本負けになったと言わざるを得ない。

こうして私は本当に無能の人となった。山のよう積み上げられたエロ写真集と海のように拡がった梱包資材に囲まれ四面楚歌となった。進むも退くも地獄。旅順攻囲戦を戦う日本兵の様な有様だ。茫然自失の私は体調を崩し、病院にまで行った。この状況を打破すべく、運営に謝罪文まで送付したが全く受け付けてもらえなかった。丁寧に詫びた後「過激なものは出品しない」と往生際の悪い事を書いたのも運営からは反省が見られないと判断したのだろう。

副業を得て、彼女のお父さんや私達のこれからの生活の足しになるばかりでなく、生甲斐を感じていただけに利用停止処分は私が想像した以上に私を苦しめた。何もする気になれず、しばらくは写真集のある部屋には足を踏み入れることも出来なかったが、ある日、片付けがてら呆然と写真集を眺めていると、90年代のアイドル達が私にそっと微笑みかけてきた。

 

「きっと誰かが私達を待ってるよ!」

 

そう言われた様な気がした。その瑞々しい微笑みとこの世のあらゆる美を集約した曲線美を文化遺産にするのは余りにも惜しい気がした。私はこれまでで得た教訓を活かす事を決心し、別のフリマサイトで新たな販路を開拓する事にした。新規登録したフリマサイトは以前よりも規制が厳しい。18禁商品はすぐに出品削除されてしまう。アカウント名を個人名に変え、商品説明も最小にとどめ、直接的なタイトルと表紙については画像修正を加えながら、少量にて再販の道を模索し始めた。しばらくすると少しずつ購入者が現れ始めた。違反報告も今、現在は来ていない。

新たなステージを与えられた無能の人は自粛期間を経て、細々ではあるが端役を演じ始めた。少し不思議な錯覚を経験したので最後にお伝えしたい。

出品するにあたり写真集を携帯カメラで撮影をする。一流と言われるカメラマンがファインダー越しに捉えた写真を、まるで有名書家の筆跡をなぞるように私が撮影してゆく。すると私は名も知らぬ南国の島の上空にいて撮影現場を俯瞰しているのだ。一流カメラマンの切り取ったモデルの刹那の煌めきが伝わる。私はあたかもその場にいて自分が一流のカメラマンになったかのような不思議な錯覚を楽しんだ。

「いいね、その表情!とても綺麗だよ」

そう呟かずにはいられない。

バブル終焉期の新興エロティシズム産業とフェミニズム主義による規制が交錯した時代に翻弄された90年代の彼女達は悲しいほどに美しい。そのあまりの美しさに無能の人は端役の降板を申し出た。そう、新たなステージの主役はあくまでも彼女達に他ならないのだ。

エロ本を売る無能の人。

病に伏した彼女のお母さんは、もうアパートで生活する体力がない。腰痛持ちのお父さんがようやく文字通りの重い腰を上げ引越しを決意した。お付き合い以来、見せられる部屋でないと言われ一度も拝見したことのない部屋。お父さんの書籍がこのアパートの柱じゃないのかというくらい積み上げられていた。聞けば30年程、捨てられずにいた写真集やエロ本、雑誌等であった。

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新居に移る際に断捨離決め込んで雑誌類はトラック3台分をゴミ最終処理施設へ運搬したが残る写真集は捨てるのが忍びないとの事でブックオフへ持っていって成仏させてほしいとの事だったが…

 

「Sさん!これは宝の山ではないですか💦」

 

こうして今、僕は齢40歳にして彼女のお父さんの為にエロ写真集を売る人になった。専ら、フリマアプリでエンドユーザー向けに出品している。出品初心者であるため細かいルールが分からず、表紙に乳首が写った写真集は運営から削除されたり、他のユーザーに違反報告された。それを知ってからは本の帯を上手くずらして乳首を隠して出品をするようになった。ここ数日で数冊が売れた。売れるとなると面白くなるもの。中古品とはいえなかなかの値段で売れるので僕は付加価値をつけなければならないと思った。本の質の向上が無理であれば梱包資材に拘るしかない。厚紙封筒、緩衝材、ポリシート、透明ビニールテープ。かなりの数を買い込んだ。販売成績に気を良くしたのか彼女が僕以上に梱包資材を買って帰ってきた。なんて事だ!。販売金額よりも梱包資材の方が高くついてしまったではないか…。

有り余る梱包資材を前に僕はつげ義春先生の「無能の人」という漫画を強烈に思い出した。主人公の助川は名の知れた漫画家であったが「芸術漫画家」のプライドが邪魔し、仕事を断り続けていた。中古カメラ販売、古物業を失敗した彼は雑誌で「水石」という世界があることを知り、採石販売に興味を持つが元手がないので近所の多摩川の川原の石を販売することにしたがそんなものが売れるはずもなく、オークション出品代や採石送料、弁当代の方が高くついてしまい絶望の中で帰宅する。

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この漫画を読むと陰鬱とした感情の沼から湧き上がる侘しさの美しい波紋を見ることができる。

しかし、他人の趣向というのは実に不思議だ。自分が価値を見出せないものに他人が価値を見出している。フリマアプリがそれを下支えしている。世の中にもきっと表に出ていないだけで凄い価値のあるものや才能が埋もれているに違いない。今、暗い部屋の片隅でパソコンを見つめ引きこもって自分を見失っている人、ただひとりの自分の味方である自分自身を信じられない自己肯定感の薄い人はきっと世界が狭いだけで広い世界に出ればあなたの才能が必要な人がいたりするかも知れない。堆(うずたか)く積み重なった写真集の山と梱包資材の海に囲まれていると自分が井戸の中の蛙になったような錯覚を覚えた。その井戸から多様性という名の大海に想いを馳せた。

Blind Melon

連休も最後の一日。休みのはずが休みすぎて休む事に疲れている。リズムよく生きる事がどれほど楽か。自動操縦。思考停止。平日は尊い

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有り余る時間で新しい季節を迎える準備をした。毛布を圧縮袋につめて真空パックにしたし、エアコンの埃を掃除機で吸って剥き出しのフィンに洗浄スプレーをかけ、扇風機を押入れから取り出した。日中は初夏を思わせるような陽気でうんざりしたけど、真夜中は肌寒くて目が覚める。薄くて頼りないタオルケットに身を潜めてみる。

 

実家の妹の部屋からBECKっていうバンドマンの漫画を全巻引っ張り出して来た。これ読むとバンドがしたくなるんだよね。数年ぶりに読んでどハマりして何も手につかない。(僕はこの状態を「漫画廃人」と命名している) コユキが天性のボーカルでオーディエンスを圧倒するシーンを見ていると僕は何故だか Blind Melon のシャノン・フーンの事を思い出した。僕が知りうる限りで最も神に愛された歌声の持ち主だった。

 

高校生の頃、モノクロのアートワークが印象的なnicoっていうアルバムをジャケ買いした。今みたいにYOUTUBEで音源が確認出来ない時代だったから知らない音は雑誌で確認したり、直感でCDを買うしかなかった。昼休みに教室でGreen Day を爆音で鳴らしてみんなで大暴れしてた僕にとって Blind Melon の音楽は取り分け異質だった。今、振り返ればグランジとサザンロックがクロスオーバーした稀有なサウンドだったけど当時の僕にはアメリカ南部の土着したような音楽は理解不能だった。ただ困惑した僕の鼓膜はシャノンのハイトーンで枯れた歌声を拒絶反応無しで受け入れることが出来た。それはまるでバーボンウィスキーをあおった後のチェイサーの様な瑞々しさだった。ただ彼の歌声は神様に愛されすぎた。1995年に彼はオーバドーズで他界している。享年28才。27クラブに入会するには1年遅い死だった。

 

必需品を買い出しに車を走らせる。BGMはBlind Melon の Soup 。なんてカッコいい音楽なんだろう。歳を重ねて嫌なことや責任だけが重苦しくなることが増えたけど、飲めなかったウィスキーが飲めるようになったり、理解できなかった小説や音楽が理解できるようになったりする嗜好の変化は長く生きてきた者への特権だったり神様からの慰めだったりするのかもしれない。

Dragon castle in a convenience store

竜宮城はあるか?と聞かれたら僕はあるかもしれないと答えるだろう。二十代前半から後半まで夜勤のアルバイトをしていた。某コンビニが僕にとってはそうだった。

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前職が割と厳しい社風だったので、あまり縛られない仕事がしたかった。学生時代にコンビニの夜勤は慣れていたので求人雑誌を見て、コンビニのバイトを探した。堅苦しい直営店は避けたかったので面接前に店の雰囲気を確認するため、下見をする様になった。

何店舗か梯子して最後に入ったコンビニで僕は身体中に電流が流れる程、衝撃を受けた。小太りで肩甲骨あたりまでロングヘヤー、おまけに髭まで生やしてる男が発注をする機械をせわしなく叩いている。名札を見たら店長と書いてあった。

ここの店はゆるいぞ!

まもなく、そのコンビニで僕の採用が決まった。店長の風貌から緩い店だとは踏んでいたが、お店自体は立地がよく、当時は地元では、一番売上のあるコンビニだった。めちゃくちゃ忙しかったが僕は髭を伸ばし気楽に働いた。店長があんな感じだったから、夜勤のメンバーも癖が強すぎる奴ばかりだった。

H君は眉毛が太くて身体もデカく気の優しい男だった。僕よりも2歳くらい年上だったがタメ口でも大丈夫だったし先輩風を吹かすこともなかった。仕事も真面目だった。ただ、彼の遅刻癖は彼の真面目さを打ち消すくらい酷かった。僕らは夜10時から朝8時までが勤務時間だったがH君は3時間くらいの遅刻は平気でする男だった。何度電話しても出ないので僕は彼の家まで迎えに行くこともあった。大体は寝ていたが、コンタクトレンズを指で洗いながらプロレスを見ていた時は温厚な僕も流石に後ろからドロップキックしたことがある。極めつけは、朝の7時に出勤して「ごめん、寝坊した」と言うので「もう、あと1時間しかないから休めばよかったのに」と皮肉を言ったら「無断欠勤は良くない」って言葉が返ってきて、怒りを通り越して笑ってしまった。彼は憎めない男だった。仕事が終わったら一緒にアダルトビデオ専門のレンタルショップによく行ったし、モザイク薄消しのビデオがあったら二人でよく情報交換したりした。オナニーもしていただろうが、なぜか彼はよく夢精をした。僕は夢精なんてしたことがなかったから彼を夢師匠と呼んでいた。何度か彼が考案した夢精のコツを教えてもらったけど僕には夢精が出来なかった。どうして夢精が出来ないんだって聞かれたから「僕の息子はいつも右手にレ●プされてるんですよ」って言って笑い合った。

Tさんは僕よりも10歳くらい年上で黒縁の眼鏡をかけ仙人のような髭を伸ばした掴みどころのない男だった。感情の起伏が激しく、付き合うのが少し大変だった。音楽を愛していて、PUNKな生き方を模索していた。僕はそんなTさんが嫌いにはなれなかった。彼からは本当に素晴らしい音楽をたくさん教えてもらった。my bloody valentinefugazigang of fourtalking heads 、television ー彼は他の追随を許さぬほどのCDコレクターだった。そして、Tさんは借金も凄かった。後で分かった事だがオーナーのお母さんの借金を肩代わりしていたようだった。月末、彼の携帯には消費者金融の怖いお兄さんからよく電話がかかって来た。Tさんはオーナーから弁済を受けるまでは、お店が辞められなかった。僕がこの店を辞める前についに精神的におかしくなってしまった。まつ毛を全部抜いて来て、真っ赤な目をしながら今の流行りだよと言った。その頃の彼のポケットにはいつもバタフライナイフが潜んでいた。ある時、横柄な客のレジをしていた時にプツリと線が切れて、客にバタフライナイフを突き出した。彼は客に通報されて、そのまま警察に連行されてしまった。流石に解雇かと思ったがオーナーは彼を辞めさせることが出来なかった。借金で繋がった二人の奇妙な関係を不憫に思った。

店長はTさんと同い年くらいで見た目はファンキーだったがオタク気質のある人だった。嫌われると面倒くさい人だったが気に入られると親切な人だった。僕の側にピタリと寄っていつもアイドルの話を嬉しそうにしていた。店長は30歳を過ぎても童貞だった。福岡での研修の際にオーナーが店長は真面目すぎるからといって箱ヘルに連れて行ったらしい。風俗には興味がないと拒んでいたが、お店から出て来た時、「モノトーンの世界が色彩豊かになる感覚を味わった」と言っていた。その日から店長は風俗雑誌を読み漁るようになった。月一で福岡の風俗に遠征するようになった頃、アイドル的人気を誇る風俗嬢「フードル」と運命的な出会いを果たした。彼はいつも高価なプレゼントを抱え長距離バスに揺られ、フードルに会いに行った。福岡から帰った翌日、店長にフードルどうでした?って聞いたらプレイはしなかったと言った。180分間、ずっと話しをしていただけらしい。店長はフードルに恋をしていた。「店長、アイドルにはもう興味ないんですか?」と訊いたら「会えないアイドルより、会えるフードル」と豪語した。店長はフードルからしたら、やたら重いお客さんになってしまった。最初こそ話すことはあったかもしれないがそのうち話すこともなくなったらしい。次第にフードルの方が店長を避けるような態度になった。そんな恋の相談を店長から受けた時、「店長、それではフードルも間が持たないから、サクッとプレイするべきですよ!おしゃべりよりおしゃぶり!」って下品なアドバイスをしたがなんの役にも立たなかった。もう告白してもいいだろうかと訊いてくる。どう考えても無理筋だろう。店長が傷付かないように目を覚ませと何回も言ったし、スマートに遊べとも忠告したが聞き入れてくれなかった。相談の本質なんてそんなものだ。ただ話を聞いてもらいたいだけだし、
背中を押してもらいたいだけだ。次第に僕も訊くのが馬鹿らしくなって、次はフェラしてもらった方がいいと突き放した。状況が好転しないまま店長は次に会うのを最後と決め、指輪を買ってフードルに会いに行き、愛の告白をしたが当然、振られてしまった。気まずい空気の中、店長は勇気を振り絞って「最後にフェラして欲しい」と言ったらしい。変なタイミングで僕のアドバイスを実行する店長の不器用さが哀れだった。

竜宮城は確かにあった。このコンビニこそが竜宮城だった。夜勤のメンバーは強烈だったけど、日勤の女の子たちは乙姫のように可愛い子ばかりだったし、仲良くなってセックスしたりもした。賞味期限前の食べ物はいくらでも食べれたし、雑誌はバックルームで読み放題。給料もそこそこで責任もそんなになかったから僕は悪戯にその日暮らしを続けていた。そんな僕を見かねて「お前は就職した方がいい」と建設関係の社長さんに言われ、なんとなく腑に落ちたので、お店を辞めるとオーナーに申し出た。夜勤のメンバーはトランプで作ったタワーのようだった。僕が辞めると言い出したら、H君と店長も辞めると言い出した。Tさんは借金の件で辞めれなかったが僕が辞めて、しばらくしてお店を辞め、顔に刺青を入れたと噂で聞いた。店長は何を思ったか名古屋の自動車工場に就職した。最後に見た彼はどことなく男らしくなってフードルの影はチラついていなかった。H君は結局、他店のコンビニに移籍しただけだった。

あの社長の言葉は僕にとって玉手箱だった。開けてはいけない箱だったけど、開けないといけない箱でもあった。開けた箱から漏れる白い靄に包まれ一筋の風が吹いた。コンビニを辞めて、気がついたら僕はもう27歳になっていた。世界と時間の歯車は寸分の狂いもなく回転している。