1998年12月24日 ~あの一瞬が永遠になる~

25年前の今日、人生で初めて一輪の花とティファニーの指輪を贈った。今思えば馬鹿馬鹿しいくらい重いプレゼントだったと思う。それでも君は顔を綻ばせて涙を流した。

 

 

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音楽を志し東京にいったけど夢を叶えるどころか僕はその日を生きるので精一杯だった。東京は田舎者には途轍もなく回転が早くてその遠心力で弾き飛ばされそうになるのを必死で耐えた。日雇いのバイトを繰り返し、暗闇のない歓楽街のコンビニで夜のない生活を繰り返した。夜勤明け、サンシャイン通りに積もった雪に朝日が反射する。待ち合わせは池袋西口

 

 

池袋西口公園 : ラーメン大好きテッドくん

 

君からのmail 僕は待つ

そしてまた僕は歩き出す

サンシャイン通りの雪を踏みしめて

すれ違う時間と人の群れ

雑踏の中、振り返る人の群れ

背伸びをした あなたを迎えにいく

立ち止まる交差点

携帯に着信あり 君と話してる

加速する車のスピードで

掻き消される「 I love U 」伝わらない

あなたの事 もっともっと好きになってゆく

雑踏の中 振り返る人の群れ

背伸びをした あなたを迎えにいく

 

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君はティファニーの指輪を左薬指にはめた。プロポーズもしてないのに、僕の気持ちを無言で受け止めた君の瞳から涙が落ちる。愛おしくて…その仕草に何だか泣けてきた。ティアドロップの指輪から溢れる鼓動で心臓キュッとなる。

 

その一瞬、涙がこぼれて落ちるくらいの刹那。

 

その瞬間を25年後の今、思い出した。

 

あの一瞬が永遠だったことを知った。

 

 

覚えておきたい「涙」の描き方!アニメ塗り&厚塗りで感情を表現しよう | イラスト・マンガ描き方ナビ

 

 

今、君はどうしてるだろう。

 

僕の街に雪は降らないんだ。

 

君の住む街はどうですか?

 

ー happy white Christmas Eve. ー

振られる勇気

アイツは背格好も容姿も僕とそう変わりはない。アイツはチャラいのになぜかモテる。アイツは今日もめかしこんでどこかへ行く。アイツの名はリチャードバック・ジョナサン。僕の古くからの悪友だ。

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「ジョナサン、今日もセフレとデートか?相変わらず軽薄なやつだな」

 

僕の言葉はジョナサンを見下すような棘を含んでいたが、アイツを羨む気持ちは隠しきれなかった。それを見透かす様にアイツは言った。

 

「よぉ〜童貞くぅぅん。元気かねぇぇ。俺も毎日、デートで疲れたよぉ。代わって欲しいけど、こればかりは代役もきかないよなぁ」

 

ニヤニヤしながら言い放ったアイツの言葉は僕の柔らかい部分に突き刺さった。

 

アイツと同時期に始めたマッチングアプリ。どうしてこんなに差がついた?僕には何の出会いもない…。こんなにも開放的な夏だというのに。茫然としたまま僕は返す言葉もなく、陽炎の揺めきに同期してよろけてしまう。

 

「おいおい、童貞くん。熱中症になっちまうよ。俺の前でぶっ倒れても困るから、俺の車に乗りな」

 

「なぁ、ジョナサン。どうして僕はこうもダメなんだろうな。どうやったら出会いが見つかるんだろうか?アイスコーヒー奢るから教えてくれよ」

 

僕はアイツが大のコーヒー好きなのを知っている。

 

「出会いを見つけようとしてるのか?君は本当にどうしようもないなぁ。出会いってものは作り出すものだろ?」

 

どうやら、コーヒー作戦は成功したようだ。

 

「携帯みせてみろ!」

 

ジョナサンは僕の携帯を奪うように掴んでマッチングアプリの送信欄を覗きこんだ。

 

「おいおい、マジか?これじゃ出会えないよ。しかも君は、仕事も出来ないタイプだな」

 

口舌の刃が、さらに僕の柔らかい部分をえぐり、自尊心にまで深く食い込んだ。こんな気持ちになるのは、僕がその言葉に同意したからだ。そう、僕は仕事もこのところうまくいっていない。

 

「まず大前提として、出会いってのは確率論なんだよ。母数の最大化が出会える最大のコツだ。それなのに、君は女性へのアプローチ数が圧倒的に足りない。君はお断りされることが怖いんだ。その恐怖心で行動が出来なくなるんだ。まずはそこを乗り越えろ。はっきりいって断られることが9割だ。自分を否定されても動じない自己肯定感を作り上げるんだ。いいか、考えても自己肯定感は養えない。身体を使うんだ。機械的に筋トレをしろ!反論は認めない!」

 

「そして、肝心のメールの内容だが…

 

【★★さん、初めまして。〇〇です^ ^どんな出会いをお探しですか?】

 

「君のメールは礼儀正しく、内容はあっさりしていて、一見すると問題ないように感じるが最後の質問が酷すぎる」

 

「え!質問で終わった方が返信が来やすいってサイトに書いてあったぞ」

 

「君は単純だな。たしかに質問で終わるのは間違ってはいないよ。しかし、考えてみな。女性にはどれだけの数のメールが来ると思う?俺たちが考えもつかないくらいのメールが来るらしいぞ。そのメールひとつひとつに返信してられないんだ。それなのに君の最後の質問「どんな出会いを探していますか?」っていちいち答えを考えていられるか?そんなの面倒くさいだけだろ?女性に考えさせないのも大切なマナーのひとつだと俺は考えている」

 

僕は言葉を失ってしまった。そこまでの配慮があって初めて出会いの種が撒かれるのか。

 

「じゃあ、どうやってメールすればいいのかな?」

 

「質問で終わるというのは間違っていない。ただ相手を思って、こちらで答えを用意しておくんだ。例えばこうだ…

 

【★★さん、初めまして!〇〇です^ ^プロフィールみて、音楽好きなところが一緒だったからメールしました。邦楽が好きですか?それとも、洋楽が好きですか?】

 

「こうやって、相手が興味を持っていることを触診するように聞くんだ。そして答えを2つ用意しておく。話を振られた方は、答えに悩まず返事がしやすいだろ。それに、答えがこの二択にない場合でも相手は話題を膨らませやすい。これは二者択一話法といって、営業のテクニックの一つでもあるんだ」

 

「これはアポイントを取るのにも非常に有効だ。話が弾んで信頼関係が出来たら、来週、もしくは再来週会えませんか?って聞くんだ。これはテストクロージングと言って相手の本音も伺える。脈がなければ、ゲームオーバー。しつこくせずに次にアプローチする。ただ、女性は何かと忙しいんだ。次につながるような断り方だったら、タイミングが悪かったと思って、またトライするんだ。焦って、会ってください!なんて言うなよ!それは君の都合だからな」

 

「営業とナンパは共通点が実に多い。これに気づいてから俺は営業の本を読み漁った。そして、俺は今、営業のテクニックを出会いのテクニックに昇華したのだ!」

 

な…なるほど…

 

だから僕は仕事もうまく行ってなかったんだ…

 

「ヤバイ!君と話していたら、約束の時間に遅れそうだ!さぁ車から降りな!コーヒーは次に会った時、2杯奢れよ!」

 

弾かれるように僕は車から降ろされた。サーティワンのバニラアイストリプルみたいなモコモコとした白い入道雲が僕を受け止める。車の窓が空いてジョナサンが僕に何か言っている。

 

「それと、君が最初に【セフレ】って言ってたけど、その言葉遣いを改めるんだな!女性を物のように扱う言葉だと俺は思っている。君が女性だったとして心を開いて出会った男にセフレっていわれるのは何だか悲しくないか?」

 

「日々使う言葉は本音を表し、日々使う言葉に自分の無意識が影響を受ける。世の中は鏡だ。君が女性を軽く扱えば、相手からも軽く扱われるぞ。セフレなんて言葉使ってたらいつまでも出会えないから改めるように!」

 

そういうとジョナサンは颯爽と走り去った。

 

「分かったよ。それは改めるよ」返した言葉は自分に言い聞かせるように呟いた。

 

僕は早速、マッチングアプリを立ち上げた…

 

「まずは課金しないとな…」

眼科 is Perfect World

人生で一番、目薬を挿した朝。手術の1時間くらい前から10分間隔で抗生剤と散目剤の目薬を挿す。3種類くらいあるのかな?もう10回以上は点眼している。

 

ゆっくりとした時間が流れている。村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」を読んでいる。

 

手術前診察を受ける。やっぱり光が眩しい。痛みは麻酔でどうにでもなると思っているけど、眩しいのは目を背けたくなるくらい嫌な感覚だ。目が動いてしまうと手術が長引くらしい。先生に目が動いてしまうかもしれないと懸念を伝える。「その時は眼球を手で押さえるよ」パワーワードが頭を巡る。

日帰り手術もあるくらいだから、大した手術ではないのだろうけど。まな板の上に乗る魚の気持ちは料理人にはわからない。

僕は今までの人生で起こってきた最悪な出来事を思い返してみた。確かにあの時よりは今の状況は全然大丈夫って思えてくるから、人生で起こった最悪な出来事も利用価値はあるものだ。

いろいろと考えが巡るがもうあきらめた。今までも、きっとこれからも僕の思い通りにならないことばかりだし、コントロールもできない。全てはなるようにしかならないのだ。

「K¥さん、手術です」

白くて輪郭が溶け出した看護師が僕を呼んだ。

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手術室前の予備室に連れられて点眼麻酔を受ける。手術が終わったばかりのお爺さんがストレッチャーに乗って帰ってくる。微動だにしない。死んでるんか?男性看護師に促されてゾンビのように蘇った。それから僕もストレッチャーに乗る。血圧を測る。アルコールで目の周りを拭いて、イソジンで目を消毒する。手術室から先生の声が聞こえる。

「目を動かさない!!」
「今、大事なところをしているよ!」

これで僕の緊張がMAXになる。ほらぁ、やっぱり眩しさの方がきついやん!

そうしていると僕の後に手術を受けるお婆ちゃんがきた。受け答えは終始明るい。ただ点眼麻酔が信じられないようでこの期に及んでも覚悟が決められないようだ。「今の麻酔、まつ毛にかかったからもう一回して」点眼麻酔のお代わりをした。

当たり障りのないクリスマスソングが穏やかに流れている。僕はAC/DCの Let there be rock の方が聞きたい。

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手術前にリラックスなんて出来るか!テンションをあげた方がまだマシだ。顔がちょっと痒いな。男性看護師の点眼が雑だなぁ。おしっこしたくなったらどうしよう。つまらない事を考えているうちに僕の手術の番が来た。

ストレッチャーで手術台まで運ばれる。天文台天体望遠鏡みたいな顕微鏡が眼前に近づく。左眼だけが開いたドレープをつけて、透明で少し弾力のあるゲルパックみたいなものを下瞼付近に貼り付ける。金属の金具で左眼をまばたきさせないように固定する。顕微鏡が眩い3点の光を照射する。目が渇かないように左眼は何かの水溶液で浸されている。3点の光は色変化させながら移動する。眩しさで目を逸らしそうになる。「光を見続けるよー」先生の声。ひたすら3点に動く眩しすぎるくらい眩しい光を追いかける。痛みはない。ただただ眩しい。これを例えるなら「プールの中で目を開いたまま、太陽を見続ける罰ゲーム!目を逸らすの絶対禁止」と言えばお分かりいただけるだろうか。

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あまりの刺激に右目からも涙が溢れている。身体に力が入る。「力を抜いて!」先生からの指示。深呼吸する。ドレープに僕の呼吸が跳ね返る。「やっぱり難しいか?」局所麻酔なので先生の声が聞こえる。手術前の説明で、若くして白内障になった場合、水晶体が柔らかくて砕けにくいからK¥さんは時間がかかるよって言われてたから、あぁその件かと思った。こんなに眩しい事がまだ続くのかと思ったら、心底うんざりした。時々、光を暗くする瞬間があったのが救いだった。眼球を触られている感覚がある。再び、目まぐるしく3点の太陽を追いかける。すると急に虹がかかったように3点の光が乱反射した。レンズを入れたのだろうか?不思議な光を見た。「あともう少しだよ」天の声が聞こえる。

白内障の手術が終わった。時間にして15分ぐらいだったかな。左目の違和感が凄い。痛くはないがレンズが入ってるという感覚がある。看護師が車椅子で僕を迎えにきた。

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「車椅子に乗って運んでもらうの人生で初めてです。」

「手術された事ないんですね。」

「頭悪い以外は健康だったんで。」

手術室から個室まではあっという間に着いた。

「運んでもらうのは、なかなかいい気分ですね。もう少しお部屋が遠ければよかったんですが…」

看護師が僕の冗談を渇いた笑い声で吹き流した。

透き通る翅(はね)

秋の日差しを受けた桜の木。鉄棒にぶら下がる壮年のように重力に逆らわず数枚、枝に捕まっている。傾いて斜めに差し込む夕暮れがトンボの羽のように透き通っている。翅脈(しみゃく)のあみだ籤(くじ)を巡る。瀟洒(しょうしゃ)で懐かしい黄金の風景がゆるやかな時間と僕の胸を焦がしていく。

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君からのメールを待つ。忙しくて返信できない事など承知している。何度もメールアプリを開いては閉じる。こうなると確かだと信じていた絆も少し心許ない。だからといってこちらからメールすれば君へのプレッシャーになるかも。そう考えるとますますメールは送れない。失恋したのかなぁ。「失恋の味はグレープフルーツに似ている」そんなくだらない言葉が中空に回転していく。ただ単に、ほろ苦いって言いたいだけ。君からの返信が滞れば僕は下手な作家とか不安げな哲学者に容易になれる。

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思い切って電話をかけてみた。

 

リングバックトーンが脳内ループする。透明度を増してゆく秋の夕暮れに消え入りそうな僕の感情と深紫色に変化していく西の空が混じり合って境界がない。

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「もしもし」

 

君の声がする。ゆるやかな時間が逆流する。

 

「忙しかっただけだよ」

 

僕の弱い部分を嗜める君の揺るぎない声。

 

「うん、分かってるよ」

 

僕には伝えたいことなんて何もない。

 

君と僕の時間が飛び交うトンボのように会話を置き忘れて交差する。翅脈(しみゃく)は波を打って鼓動を伝える。君に会えない時間が僕を焦がしてゆく。声を聞いただけ。ただそれだけで、また君が愛おしい。

ライムライトの影を見つめる

夜の帳(とばり)が長く深く垂れ込み始める。頬を撫でる風がまた少し冷たくなってきた。胸に迫る理由のない寂しさ。金木犀の甘い香り。静寂をゆらすレム・ウィンチェスターのヴィブラフォン。どこからともなくやって来て、あてのない闇へと去っていくもの達とすれ違う季節。

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ここ数日、レム・ウィンチェスターの悲劇について思いを馳せている。1961年の1月16日、ジャズバーで彼は33歳の短い生涯を終えた。元警察官でありながら、卓越したヴィブラフォン奏者でもあった彼はライブ出演中にロシアンルーレットで自身の頭を撃ち抜いた。レムが生きていればヴィブラフォン奏者の第一人者であるミルト・ジャクソンと肩を並べていたかも知れない。何を得ようとしたのか?何から逃れようとしたのか?リボルバーに込められた16.6%の賭けに彼は敗れ自ら伝説となった。誰しもが闇を抱えて生きているが、レム・ウィンチェスターの様なライムライトを浴びた人間だからこそ苦悩し続け、抱え込んだ闇は誰よりも色濃かったのかも知れない。

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昨今ではSNSで様々な情報に触れられる一方で、友人や知人の華やかなプライベートを知る機会が増えてきた。他者と自分を比較することで目標を設定するなどポジティブな捉え方ができればいいが、「なぜ自分はこんなにもつまらない人生なんだろう」と思う事も多くなってきた。

 

だが眩いライムライト(名声)に彩られた輝かしい瞬間だけを切り取っても本質は見えてこない。華麗なる栄光の楼閣は角度を変えて見た時、犠牲を伴いながら堆く積み重ねられた積石の暁光が射した一部分でしかないことを僕たちは知る必要がある。

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そして誰しもが闇を抱えて生きていることを知れば、必要以上に自分を責めなくてもいいことを理解できるかも知れない。

 

冷たい雨が降る夜。僕は車を走らせていた。雨は車のヘッドライトに照らされると銀の針の様だった。柔らかな銀の針は僕と僕の闇を縫い合わせるように降っている。僕と僕の闇しかいない夜のドライブ。

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Hello darkness,my old friend
やぁ、僕の中の暗闇

I’ve come to talk with you again
また君と話にきたよ

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僕は、僕の闇にささやいた。

「君から目を逸らしてきたんだ。お近づきにはなりたくなかったな。でも、君は場所や環境を変えてもずっとついてくるんだ。君とはだいぶ腐れ縁になってしまったね。」

 

「君からは逃げられないようだから、いっそのこと、君とは親友になろうと思っているんだ。」

 

「君はそのままで大丈夫だよ。」

 

僕の闇が困った顔して答えた。

 

「参ったな。君がそんな調子だと。僕は存在が薄くなってしまうんだ。気づいたようだね。僕と君は一生離れられないんだ。だって僕は君の一部だからね。」

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「何もそんなに辛辣になる必要はないさ。君以外の誰が君を励ますだろうか?ストイックさを履き違えてはいけないよ。」

 

「僕は消えてしまうかも知れないけど、もう一度、光の指す方向へ向かおう。」

 

苦笑しながら、僕は答えた。

 

「そうだね!君は消えてしまうけど、また君と似たような闇が僕の親友になるだろうね。」

 

笑いながら、僕の闇が答えた。

 

「そうだよ。人生ってのはその繰り返しさ。チャップリンだって言ってるだろ。死が避けて通れないように僕たちは生きていく事も避けられないんだ。」

 

「人生を恐れるな!必要なのは勇気と想像力!」

 

僕は付け加えた。

 

「そして、少々のお金だろ笑」

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バターライスタイムマシン

ICU待合室はほの暗い。窓の外の喧騒と看護師の話し声が遠くから聞こえる。看護師の廊下を歩く音だけが耳元で響いている。僕はその待合室の扉が開かれるのが正直怖い。

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今朝、親父が緊急搬送された。いつもは煩わしい親父だけど実家の床に張りついて浅い呼吸を繰り返してる姿をみると心配の方が込み上げる。CTスキャンの結果「大動脈解離」と診断された。緊急手術しないと死んでしまうとのことだった。担当医師は徹底的に楽観的意見を排除し最悪の場合の説明を淡々としている。耳では説明が聞こえているけど、内容が頭の中に入ってこない。ただただ呆然としている。そんな僕を見かねて、お袋が大丈夫?という。医師も大丈夫かい?と僕に言った。

 

緊急手術による生存率は50%。万が一のため、家族を呼びなさいとのことで兄弟を呼ぶ。手術前にエレベーターの前でストレッチャーの上の親父と顔を合わせる。頑張れ、大丈夫か?と声がけする。

 

親父は「大丈夫じゃないけど、水が飲みたい」

 

これから10時間の手術をするような患者とは思えない間の抜けた返事をした。

 

親父、生きて戻ってこい。最後の言葉がそれだと格好がつかないだろ。

待合室では、時間が膨張しては収縮している。早いのか遅いのかすら分からない。居ても立っても居られないのに、何もする気になれない。ただ、この状況を記録してみようと試みる。書いては天井を仰ぐ。

小さい頃の思い出とか思い出そうとしたけど、怒られたことしか覚えてないな。でも、お袋がいない時に作ってくれた、べったりとしたバターライスの事を何故か思い出す。冷蔵庫の残り物を入れるスタイル。見た目は不味いが、味は悪くなかった。体操選手が演技を失敗しながらも最後の最後で素晴らしい着地を決めたように、後乗せでバター(今思えばマーガリンだったような気がする)を入れて、醤油で香り付けする。ソース味もあって、そこは僕のリクエストに応えてくれた。野暮ったいけど、僕は嫌いじゃなかったよ。味覚と記憶は混ざり合うと忘れられなくなることを知った。

僕の肉親は親父と弟だけだ。母親が育ての親と知ったのは30代半ばだったと思う。映画みたいだなと思った。でも僕は何のヒーローでもなく、ただ数奇な人生を生きているだけだ。(もちろん、僕以上の数奇な人生を歩んでいる方がいるのは理解しています)母親が親権を持つ場合が多いが親父は僕と弟を引き取った。この辺りの事情は聞きづらかったから聞かなかった。親父から話して欲しいと願って、時は悪戯に過ぎた。いま、親父は大切なことを墓場に持っていこうとしている。

医療従事者の皆様には頭が下がります。緊急手術を受けてくださった病院にも感謝しています。執刀医の先生は僕に怖い話ばかりしたけど、親父のために10時間という気の遠くなる時間を手術してくださることになりました。ただただ感謝しかありません。

いつも喧嘩ばかりだけど、僕という人間が完成するまで、あともう少し親父に生きていて欲しいです。

テトペッテンソン♦︎ソルティードック♠︎ポラリス

誰にもいえない恋は異動フラグで終わりの予感。お互いに好きって言わない暗黙のルールを破った翌日。君から「異動するかも」ってメール。もうすぐ君と出会って一年。異動が正式に決まったと聞かされた時、外ではチョコレートも溶けるくらい温かい雨が降った。更新される季節はリールを巻くように戻すことは出来ない。新しい季節がやってきて、透き通る冷たい冬と柔らかな君が去ってゆく。

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テトペッテンソン テトペッテンソン

君との出会いが
悲しい思い出にならないように
君が教えてくれたこの風変わりな歌を
口ずさんでみる

パラトゥタッティ パラトゥタッティ♪

僕たちは流浪の民なんだ
ずっと側にいられないことは
出会った時から織り込み済みだったろ
どんなに素晴らしく美しい物語も
終わりがなければ駄作なんだ

リンシュレカットン シュレリンベットン♪

人生を最高に旅しようって
君にそう言ってはみたものの

タットレペッテンソン♪

本当は自分に言い聞かせてる気がした

実感がなくて普通にbye-byeしたけど
スクイーザーでグレープフルーツを搾るように、きっと後から胸を締め付けるんだ

それをウォッカに注いで
ソルティードックにしよう

タンブラーの淵には涙のように
しょっぱい塩を忘れずに

君の旅立ちに乾杯しよう

君ならきっと大丈夫
君ならきっとうまくやれる

君は新興企業のキャリアウーマンで転勤族。そして沖縄の女(ひと)だった。話していると外国人と思うくらい文化が違う。君はまるで日本語の通じる外国人という感じだった。話は通じるけど、島の言葉で話されると僕は首をかしげて苦笑いするしかなかった。海に囲まれた島では北極星が島人の大切な目印だった。君が歌う「てぃんさぐぬ花」にも北極星は目印と歌われている。

深夜帯で働く君に冗談で

「君の太陽になれない」って言ったら

「太陽になれないなら北極星になって」

と言われたことがある。

その後、君は急に恥ずかしくなったと言ったけど、君がこの地にいる間だけでも僕は君の北極星になれたらと密かに誓いを立てた。だけど僕には帰らなければならない場所があった。君が辛い時にそばにいてやれない時、とてももどかしい思いがした。そんな時、僕は君の北極星になれるのかと何度も自問した。

運命なんて僕は信じていない。仮に運命があったとして、皆が決められた人生を生きることになったとしたら、そこに何の意味があるのだろうか?録画したサッカーのワールドカップ決勝を見るのと同じくらい人生は意味のないものになってしまう。運命は意味の後付けでしかないというのが僕の意見だ。

僕は君と偶然出会って、偶然相性がよくて、偶然君に寄り添う事ができた。でも僕は偶然を運命に変える出会いを経験した。何でもなかった出会いに運命の意味付けを与えてくれたのは君の優しさだったり、絶妙な距離感だったり、相手に対するお互いの尊敬だったり、君と僕の間で流れているリズムや譲れない哲学やユーモアのセンスの近さだった。そして、何よりも深く意味を与えてくれたのは、どうしようもない僕を心から愛してくれたことだった。

君が旅立つ前に少し話が出来た。

「出会った時のことは覚えてるよ」

「私はあなたに支えてもらって、私もあなたを支えてあげることが出来て嬉しく思います」

北極星がいたから、私は途中で挫折したり腐ったりする事なくここまで来れました」

僕は君の静かでどこまでも深い夜に燦々と輝く北極星になれたんだ。そう思ったら、何だか泣けてきて言葉に詰まってしまった。

僕は運命を信じていない。だけど今なら運命を感じる事が出来る。